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仲代達矢の若い頃の経歴は?息子は誰?娘の名前や誕生日についても

仲代達矢の若い頃の経歴は?息子は誰?娘の名前や誕生日についても

昭和を代表する名優・仲代達矢さんは、2024年3月に91歳でこの世を去りました。黒澤明監督作品をはじめ、数々の名作に出演し、日本映画界に輝かしい足跡を残した彼ですが、若い頃はどのような人生を歩んでいたのでしょうか。

本記事では、仲代達矢さんの若い頃のエピソードや家族構成について詳しくご紹介します。

仲代達矢の若い頃の生い立ち

仲代達矢さんは1932年12月13日、東京府目黒区で生まれました。本名は仲代元久といいます。幼少期は決して恵まれた環境ではなく、8歳の時に父親を亡くしたことで、家庭は一気に経済的困窮に陥りました。

極貧生活から俳優への道

父親を失った後、仲代達矢さんの生活は極めて厳しいものでした。定時制高校に通いながら、生活費を稼ぐため様々なアルバイトに従事しています。競馬場での切符売り、パチンコ店の店員、小学校の給仕など、職種を選ばず働き続けました。

俳優座養成所への入所

1952年、仲代達矢さんは俳優座の公演で千田是也さんの演技を観て強い感銘を受けました。その感動が彼の人生を大きく変えることとなり、俳優座養成所に4期生として入所を果たします。当時20歳、演劇の道へ本格的に足を踏み入れた瞬間でした。

若い頃のデビューと下積み時代

俳優座養成所で演技を学んだ仲代達矢さんは、1954年に映画デビューを果たします。しかし、そのデビュー作での経験は、彼にとって生涯忘れられない屈辱となりました。

黒澤明監督との運命的な出会い

デビュー作は黒澤明監督の『七人の侍』でした。ただし、セリフのない浪人役、いわゆるエキストラとしての出演です。数秒間歩くだけのシーンでしたが、黒澤監督から半日近くダメ出しを受け続けたといいます。この経験が、後に彼を大きく成長させる糧となりました。

本格デビューへの転機

1956年、仲代達矢さんの運命が大きく動きます。舞台『幽霊』での演技が女優・月丘夢路さんの目に留まり、映画『火の鳥』の相手役に抜擢されました。

これが彼の本格的なスクリーンデビューとなり、俳優としてのキャリアが本格始動します。

若い頃の代表作『人間の條件』

1950年代後半、仲代達矢さんは小林正樹監督の『人間の條件』全6部作で主演を務めました。1959年から1961年にかけて公開されたこの大作で、彼は圧倒的な演技力を見せつけ、一躍スターの座を確立します。若い頃の仲代達矢を語る上で欠かせない作品です。

黒澤監督との再会

黒澤監督から、後に直々にオファーを受けます。『用心棒』や『椿三十郎』で三船敏郎さんの敵役を演じ、日本映画界に欠かせない存在となりました。若い頃の苦い経験が、最高の形で報われた瞬間でした。

仲代達矢の息子は存在するのか

インターネットで「仲代達矢 息子」と検索する方が多いようですが、実は仲代達矢さんに実子の息子はいません。ではなぜこのような検索がされるのでしょうか。

死産という悲しい過去

仲代達矢さんは妻・宮崎恭子さんとの間に、1962年に男児を授かりました。しかし、臨月を迎えたにもかかわらず、残念ながら死産という結果となってしまいます。この深い喪失感が、後の仲代達矢さんの人生に大きな影響を与えることとなりました。

滝藤賢一との師弟関係

俳優の滝藤賢一さんが仲代達矢さんの息子ではないかという噂があります。これは完全な誤解で、滝藤さんは仲代達矢さんが主宰する「無名塾」の出身者です。顔の雰囲気が似ていることや、熱い師弟関係から親子説が生まれたようですが、血縁関係はありません。

無名塾設立に込めた思い

仲代達矢さんは1975年に演劇研究所「無名塾」を設立しました。この塾の設立背景には、失った息子への思いが深く関わっています。

出典元:スポーツ報知

我が子のように育てた塾生たち

無名塾からは役所広司さんをはじめ、多くの名優が巣立っていきました。仲代達矢さんは塾生たちを「我が子のように思ってきた」と語っており、その深い愛情は実の親子以上のものがあったといえます。亡くなった息子への思いを、後進育成という形で昇華させたのでしょう。

娘・仲代奈緒のプロフィール

仲代達矢さんには一人娘がいます。ただし、実子ではなく養女として家族に迎えられた方です。

名前と誕生日について

娘さんの名前は仲代奈緒さんといいます。誕生日は1973年12月11日で、仲代達矢さんの誕生日である12月13日とわずか2日違いです。この偶然も何かの縁を感じさせます。

養女として迎えられた経緯

仲代奈緒さんは、妻・宮崎恭子さんの実妹である宮崎総子さんの娘です。宮崎総子さんは元フジテレビアナウンサーとして活躍されていました。つまり、仲代達矢さんにとって奈緒さんは血縁上の姪にあたります。子供のいなかった仲代夫妻は、奈緒さんが4歳の時に養女として迎え入れました。

女優としての活動と父娘共演

仲代奈緒さんは1991年に歌手としてデビューし、その後女優としても活動されています。1996年にはNHK大河ドラマ『秀吉』でお市役を演じ、千利休役の仲代達矢さんと父娘共演を果たしました。劇中でも父娘という設定で、現実と重なる貴重な共演となっています。

父の最期を看取った娘

2024年3月、仲代達矢さんが91歳で亡くなった際、最期を看取ったのは奈緒さんでした。血縁を超えた深い絆で結ばれた父娘の関係が、最後まで続いたことがわかります。

2019年の新たな養子縁組

2019年、仲代達矢さんは新たに養女を迎えたことが報じられました。相手は約10年間マネージャーを務めていた30代の女性です。これは仲代達矢さんの終活の一環として行われたもので、通院の付き添いや身辺整理など、法的な家族でなければ難しい手続きを円滑に進めるためでした。この養子縁組については、奈緒さんも了承されていたとのことです。

まとめ

仲代達矢さんの若い頃は、極貧生活から這い上がり、屈辱を乗り越えて大スターへと成長した波乱万丈の人生でした。実子の息子はいませんでしたが、無名塾の塾生たちを育て、養女の奈緒さんとは血縁を超えた深い絆で結ばれていました。日本映画界に輝かしい足跡を残した名優の人生には、多くのドラマが詰まっています。