「種馬事件」とも言われたことで話題となった「ミツカン中埜家お家騒動」、興味がなければスルーしている人も多いかもしれません。今回はそんなミツカン 中埜家お家騒動について調べてみました。
もくじ
ミツカン 中埜家とは
現在はお酢といえば「mizkan(ミツカン)」というほど有名です。そもそもミツカンはミツカン 中埜家という一族が作り上げたもので、中埜家の家紋に、易学の理念「天下一円にあまねし」という意味を込めて、○を三の下に付けたマークは、現在にいたるまでミツカンの商標として使われています。四代目は本業の一方で酪農や海運会社など異業種へも積極的に参入しており、そのひとつがビール事業です。明治22年(1889年)には「丸三麦酒」と名付けたビールを初出荷しています。
莫大な資産を誇る中埜家
ミツカン 中埜家といえば莫大な資産を誇る一家で、代々の当主の自宅がある愛知県半田市の土地は総面積1万7000平米以上で敷地内には地下室やプール、茶室も併設された邸宅にほかにも複数の蔵が建つ豪邸です。2006年まで公開されていた高額納税者ランキングでは、半田市の上位に中埜一族がずらりと並んでおり、1999年の前会長の納税額は約8億5000万円と、圧倒的愛知県のトップの全国でも6番目に高額だったそうです。
炎上している中埜家お家騒動とは
そんな中埜家が炎上していることを皆さんはご存知でしょうか。何より伝統を重んじてきた創業家にとって婿殿の反乱といえる今回の騒動、ここからはそんな騒動の内容についてご紹介していきます。
婿養子の中埜大輔さん
ミツカンに婿養子として迎えられた大輔さんですが、創業200年以上の超有名企業であるミツカンから違法なやり方で離婚を強要され、一人息子と引き離されたことで精神的苦痛を受けたとして、慰謝料3000万円を求め、元妻やその家族を訴えていたのです。2019年の提訴から約4年にわたって行われた裁判ですが、大輔さんの請求は棄却され敗訴となりました。
長年問題となっていた跡継ぎ問題
一見、順風満帆に見えたミツカン 中埜家でしたが、前会長の和英氏と妻で現在会長を務める美和氏の間には、2人の娘さんがいました。それが現社長で長女の裕子さんと元副社長である次女の聖子さんです。中埜家つまり会社にとって、娘の婿取りは一大事で、当時は、幹部が中心となってプロジェクトチームを結成し、婿探しが行われてたそうです。そんな甲斐もあり、2012年に当時中埜家の資産運用を担当した上司がきっかけで大輔さんと聖子さんは出会ったそうです。
仕組まれた?生後4日で養子縁組届
2013年に盛大な結婚式を挙げ、結婚当初は円満だった大輔さんと中埜家の関係、しかし次第に義父母から叱責されることが増えたといいます。2014年にイギリスに移住し、待望の長男が誕生した大輔さん。その頃から風当たりはさらに強まったそうです。きっかけは、長男の誕生4日後に「養子縁組届」のサインを求められたこと、その瞬間から書類上は息子でなくなることに手が止まった大輔さんに対し、和英氏はこの逡巡に激怒し、そのことから大輔さんを一族から追放する動きが強まったそうです。
まとめ
事件の真相を調べていくとミツカン 中埜家の種馬事件と言われている理由が少しわかったような気がします。条件を理解した上で養子になったといえど、少し可哀想な気がしますね。残念ながら裁判では敗訴してしまった大輔さん。これからも中埜家を名乗り続けていくことで、会えなくても息子さんに気づいてもらえる日が来ることを祈ります。
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